時は去り 想出遠くなりぬとも 忘れざらめや 尾根の霊を
群馬県上野村の慰霊の園の小さな碑に刻まれた歌です(平成7年8月建立 慰霊の園理事長 黒澤丈夫)。この歌が詠まれてからも、すでに20年の時が経つのですね。
運航本部長の山口です。30年前のこの日、私はJALの訓練生として成田で研修を受けていました。
乗員乗客524名のうち、乗客505名、乗員15名、計520名もの尊い命が失われた日本航空123便(JA8119)の御巣鷹の尾根への墜落は1985年8月12日18時56分26秒。今なお単独の航空事故としては最悪です。
遺族により建立された碑(1988年8月)。事実関係が淡々と記されているだけですが、それが却って胸を打ちます |
この日を境にして、私の幼稚な夢は厳しい覚悟へと変わりました。事故が起きたときの余りにも悲惨な現実を目の当たりにして、飛行機を飛ばすということ、プロ・パイロットになるという意味について真剣に考えさせられました。
飛行機は、統計上はとても安全な乗り物です。確率論で語れば安全だと、少なくとも危険な乗り物ではないと言い切れます。しかし、ひとりの人間にとっての安全・安心とは確率で語れるもの、語って良いものではない。御巣鷹の尾根を散策すれば解る。そこには、実際に亡くなった方、そのご遺族、ひとりひとりの想いが溢れています。当事者にとっての現実は100%であるという、そんな当たり前の事実に愕然とします。
供えられたおもちゃに、子を失った親の気持ちが痛いほど伝わってきます |
プロ・パイロットになれば、飛ぶことは日常に変わります。もちろん、安全のうえにも安全を期し、確実なフライトを心掛けはします。それでも、日常になれば人には慣れが生じる、どこかに心の隙が生まれる、知らず知らずのうちに安易な考えに陥りがちです。もう、それは人の性として仕方がないとしか言いようがない。
だからこそ、想像しなくてはいけないのだろうと思います。この悲劇を思い出し、犠牲になられた方、ご遺族の気持ちを想像すること。そして、二度とこのような悲劇を繰り返さないため、プロ・パイロットとしての自分に何ができるのかを考えること。
合掌を模した慰霊塔。奥に見えるのが納骨堂。その彼方に御巣鷹の尾根を拝むことができます |
安全には、具体的な対策が要る。念仏のように唱えるだけで維持できるものではない。だからこそ、過去の事故を教訓に多くの対策が練られてきた。多くの手法も確立されてきた。ただ、その根底には、多くの犠牲になられた方への想いが、想像力が、必要なのだろうとも思うのです。
8月12日は、私たち航空に携わる者にとって、決して忘れてはならない日なのだと、そう若いパイロットたちにも教えたいと思っています。